徳島県阿波市阿波町「阿波の土柱」と秘境の宿 新祖谷温泉ホテルかずら橋

阿波の土柱は千帽子山・高歩頂山・円山にまたがる日本随一の奇勝で、風雨の侵蝕で削り取られてできた切り立つ断崖の連続は、圧倒的な景観美を誇っています。昭和9年に文部省より天然記念物に指定された波濤嶽のほか橘嶽・筵嶽・不老嶽・燈篭嶽の5嶽からなる一帯は、ヨーロッパのチロル地方やアメリカのロッキー山脈の土柱と並び世界三大土柱の一つとされています。天才放浪画家の山下清もこの地を訪れ、見事な土柱を描き上げました。 夜間にはライトアップされ、昼間とはまた違った幻想的な雰囲気を醸し出しています。 徳島自動車道の阿波パーキングエリアからも徒歩約7分で土柱観光が楽しめます。遊歩道を散策しながら、自然の芸術を堪能してみませんか。 徳島での宿泊地は新祖谷温泉ホテルかずら橋ここからからは少し距離は有りますがおススメの宿です。自家製のケーブルカーで上がる天空の露天風呂が正に絶景です。 このホテル何が素晴らしいかと言うと従業員さんの心遣いが、うれしかったですね!実は2年前のこの時期思っても居ない事態に陥りました。と言うの一緒に行く友達が歯が悪くなり物が噛めない状態に成っていました。 その旨をホテルに「友人が物が噛めない状態だから、柔らかいものをお願いしたい」と、電話を入れていたのですすると「私共のホテルでは、固い物は有りません殆どのものが噛めます」と言ったそっけない返事だったので、諦めて居ました。 でも実際は食事に行くと、「ご同伴のご友人が歯がお悪くて、噛めない状態にあると聞いていま…

続きを読む

目のお薬師様 島根県出雲市「一畑薬師」

奥様が目が悪いと言うことで「出雲に来たんだから、お薬師さんにもお参りして帰ろうか」「良くお参りしてくれたと、ご利益有るかも~」と言いながらお参りして参りました! この一畑寺は結構山深い所にあり、途中道に迷ったのか?と思うほどでした! 一畑寺(いちばたじ)は、出雲神話の国引きで名高い島根半島の中心、標高300mの一畑山頂にあり。「一畑薬師」とは「一畑寺のお薬師さま」の意味で、仏さまのお名前ということも表しています。「目のお薬師様」として、古くから全国的な信仰があり、1300段余りの参道石段でも有名。全国から年間70万人余の参拝があり、日々のご祈念、例月祭、座禅会、団体研修、茶会、奉納音楽祭など年間を通してさまざまな行事が催されています。 創開は、894年、一畑山の麓、日本海の赤浦海中から漁師の与市が引き上げた薬師如来をご本尊としておまつりしたのが始まりです。 与市の母親の目が開いたり、戦国の世に小さな幼児が助かったことから、「目のやくし」、「子どもの無事成長の仏さま」はじめ、諸願に霊験あらたかなお薬師様として手厚く信仰されています。 総本山 一畑寺  一畑寺は、島根県出雲市小境町にある臨済宗妙心寺派の寺院、及び一畑薬師教団の総本山。 山号は醫王山(いおうざん) 通称は一畑薬師「目のお薬師様」として有名  所在地    島根県出雲市小境町803 山号      醫王山(いおうさん) 宗派      臨済宗妙心寺派 一畑薬師教団総本山 お泊…

続きを読む

"2017年"琵琶湖の島へ宝厳寺(竹生島観音)と雄琴温泉「湯本館」

若いころからこの島に渡って見たいと思ってましたが、なかなか行くことが出来ず、この歳に成りやっと念願が叶いました。 しかしここに行くのに大変なミスをして、観光スケジュールが無茶苦茶に成りました。でも最終的には行けたので良としてお参りし朱印を頂き帰参しました。どんなミスかと言うと初歩的なミスで、京都駅で新幹線から湖西線に乗り換え近江今津まで行くのですが誤って東海道線に乗ってしまったのが1つ目で2つ目は湖西線の起点が大津駅だと思い込みしてしまって大津まで行ってしまいました。 実は湖西線の起点は1つ手前の山科駅だったのです。東海道線に乗っても此処で降りておけば私が乗るはずだった電車に乗れたのです。 慌てて大津から山科まで引き返しましたが間に合わず・・・とほほ・・・予定の船の時間に間に合わず一便遅れてしまい良い温泉宿のチェックインが遅くなりゆっくり温泉に入れませんでした。 折角きめ細かにスケジュール組んだのに水の泡に成って相方に申し訳なくて何回も謝りました。いまだに悔しくて成りません。 宝厳寺(ほうごんじ) 真言宗豊山派、巌金山の号を持つ、西国三十三観音霊場第30番札所。本尊の大弁財天は、江ノ島・宮島と並ぶ日本三弁才天の一つです。 都久夫須麻神社に続いている舟廊下は、豊臣秀吉の御座船を利用して作られたもので、国の重要文化財になっています。その入り口に立つ唐門は国宝であり、こちらは京都東山の豊国廟から移築されたものです。 奈良時代、聖武天皇の勅命を受けた高僧行基が、…

続きを読む

島根県八束郡「美保が関」と山陰の名湯 玉造温泉「佳翠苑 皆美」

この美保が関には昼食を食べに行っただけで、あとこの美保神社と近所をちょっと観光しただけです。 食事は新鮮な魚介類をふんだんに使った昼食で美味しかったです! 美保神社は、島根県松江市美保関町にある神社である。式内社で、旧社格は国幣中社だそうです。 事代主神系えびす社3千余社の総本社である(蛭子神系のえびす社の総本社は西宮神社)。 えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。 また、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多いそうですよ。美保神社(えびす様の総本山)   美保神社は全国でも珍しく同じ境内に千木(ちぎ)が男作りと女作りと両方あります。よほど仲がよいのでしょうか? 下から2段目の左のお社の写真の屋根の端の×になってるのが分かりますか?左と右の×の先の方向が違うのが分かるかなぁ~あれで男つくりと女つくりと違うのです!普通は男か女かどちらかなんだそうです。面白いでしょう。 祭   神 右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀る。 (三穂津姫命は大国主神の幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)である「大物主神」の奥様。事代主命は神屋楯比売神(かむやたてひめ)と大国主神との間の子供なので義理の母親にあたる) 『出雲国風土記』には、大穴持命(大国主神)と奴奈宣波比売命(奴奈川姫命)の間に生まれた「御穂須須美命」が美保郷に坐すとの記述がある。元々の当社の祭神は御穂須須美命のみであったのが、記紀神話の…

続きを読む

山口県長門市油谷「楊貴妃の里」と長門の名湯湯本温泉

山口県長門湯本温泉から車で約45分~50分ぐらいの所にこの里が有ります!此処は他でもなく行く予定は全く無く、国道を走っていたら看板が目に入り、何時もの事のように、ちょこっと寄ってみるか~と行って見ました。 楊貴妃の墓もあるとか書いてあったので、歴史ロマン好きの私の事だから見ずには居られなくなり寄ったというしだいです!楊貴妃は、歴史の教科書では中国で殺されたことになっているが、実は臣下に助けられ、日本海を渡って山口県油谷町に流れ着き、そこで亡くなったのだ、という伝説がある。 二尊院のご本尊は、玄宗皇帝が楊貴妃の死をいたんで贈ったものだとか・・・。ウソくさいが、二尊院に残されている江戸時代の文書にそう書かれているそうだ。というわけで、油谷町は楊貴妃をネタに町おこしをしている。 謎とロマンのただよう伝説 楊貴妃の墓の由来 唐の玄宗皇帝の寵愛を一身に受けた楊貰妃は、文禄山の乱に 会って蜀へ逃避する途中、長安の郊外、局地の仏堂で絞殺され たと史書には示小されている。 しかし、巷では陽炎妃は実際 には死んでいないという噂もあったようで、有名な「長恨歌」 の中にも日本への来航を想像させる表現がある。 ここ久津の地では、昔から、楊貴妃にまつわる伝説が語り継が出てきた。二尊院に残されている江戸時代の文献には、次 のような言い伝えが記されている。 唐の756年空艫舟に乗った楊賞妃は、唐渡口という所へ漂着。まもなく死去し給うたので里人相寄 り当院に埋葬した。玄宗皇帝の思い…

続きを読む

和歌山県 「福厳寺(一願寺)」と渡良瀬温泉&「ホテルささゆり」

皆さんは「たった一つ願いを叶えてしんぜよう」と言われたら何の願い事をしますか?一つじゃ困りますよね~でも本当に叶えて欲しい願い事ってそんなもんじゃないですか?そう幾つも有るもんじゃないと思います。 此処は奥様と二人で3年くらい前にお参りしたところです!熊野本宮見てと渡良瀬温泉に泊まりその後寄りました!一願寺(正式名称 福巌寺)は、清姫の墓から北ヘ、西谷川にそって2kmほど行ったところにあります。この境内に、一つの願いを必ず叶えてくれるという地蔵尊が祀られていることから一願寺と呼称されています。このお地蔵さんは、1823年、八十三歳で亡くなった第六世住職、鉄凌道桟和尚をまつったものと言われ、地元では、一願地蔵や、からし地蔵と呼んでいます。 住職が好んだという、からしとお酒を供えれば、願い事が一つ必ず叶うといわれています。清姫の墓近くから北ヘ、西谷川にそって2kmほど行くと、その福巌寺(一願寺)があります。地元だけでなく、遠方からも多くの信仰者を集めています。 自らの臨終を悟った和尚が、死の三日前、村人一同を集めて別れのあいさつをし「わしの死後、地蔵をつくって人通りの多いところへ祀ってほしい祀ってくれれば、一人に一願は必ず叶えて進ぜよう」と約束されたそうな・・・。「ながながと如来のまねも今日限り」との辞世の句を残し、本堂で坐死したと言われてる。 清姫の墓 「清姫の墓」は「安珍と清姫」のお話(道成寺物語)で有名な清姫の墓です。この周辺には清姫にまつわるたくさんの遺跡があります。…

続きを読む

鳥取県倉吉市「白壁土蔵郡」と山陰の名湯で世界有数のラジウム泉三朝温泉

此処の白壁土蔵郡は余り距離は有りませんが、とても情緒が有って良いですよ~当日は観光協会の人に昼食処を聞くとこの町並みの中にある清水庵(せいすいあん)と言うもちしゃぶ屋は安くて美味しくてボリュームが有りますと聞き早速試食しました。お客さんが結構多くて席がやっと一つ空いてると言う感じでした。一番安いセットが1050円でお餅とお野菜と茶碗蒸しともう2品くらい有りました。大変美味しかったし大満足でした。 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された玉川周辺の白壁土蔵群。江戸後期から昭和初期の建物が多く、その町並みの景観は本町通りの商家を主体とする景観と、玉川沿いの土蔵を主体とする景観と大きく2つに分かれる。 その町並みから山陰の「小京都」とも呼ばれ、周辺には酒蔵や醤油蔵が多く、かおり風景百選(酒と醤油のかおる倉吉白壁土蔵群)にも選定されている。黒い焼杉板、白い漆喰壁、赤い石州瓦という手法は統一的で美しい風景。 この倉吉市の土蔵群からほど近い所に三朝温泉が有ります。車で走れば10~15分位でしょうか?三朝温泉は、鳥取県東伯郡三朝町にある温泉で日本百景に選定されている。 泉質:ラジウムおよびラジウムがアルファ崩壊したラドンが含まれており、世界でも有数の放射能泉である。また一部の旅館には高濃度のトロンを含む温泉もある。源泉中のラドン量について683.3マッヘの記録がある。 三朝には温泉療法を実施する医療機関が複数あり、温泉は泉質に応じて温泉プール療法、飲泉療法、鉱泥療法など様々…

続きを読む

岐阜県平湯温泉 日本の滝100選「平湯大滝」岐阜県 名水50選

こちら旅行に出かける際の装いの準備に如何でしょうか? 特に若い男性の方に好評のメンズファッシサイトです覗いて見て下さい。 エンジョイショッピングナウ♪(ホームページ版) エンジョイショッピングナウ!(ブログ版) 平湯大滝(ひらゆおおたき)は、奥飛騨温泉郷平湯温泉にある滝です。落差64m、幅約6m。「日本の滝百選」、「岐阜県の名水50選」に選ばれている名瀑である。紅葉の名所であり、奥飛騨温泉郷の紅葉は、飛騨・美濃紅葉三十三選にも選ばれている。また、冬季の厳冬期には氷結し、毎年2月には氷結した滝がライトアップされ、「平湯大滝結氷まつり」が開催される。 戦国時代、武田信玄の家臣山県昌景軍が飛騨攻めの最中、峠超えの疲労と硫黄岳の毒ガスにより疲弊し、平湯大滝付近で動けなくなってしまう。その時、一匹の白猿によって教えられた温泉につかって疲労を回復したという伝説がある。この温泉が平湯温泉である。平湯大滝は、高原川(神通川の支流)の上流、大滝川にある。 宿泊は此処から少し走ったところに新穂高温泉が有ります。そちらのお宿でホテル穂高がおススメです。 北アルプスの美しい景色に囲まれたホテル穂高。四季の移ろいと静かな時間を愉しめます。大自然の中、日常の喧騒を忘れ、ゆったりとしたくつろぎのひと時を過ごせます。 ホテル穂高に隣接する2階建てゴンドラでの空中散歩全長3,200メートルの”新穂高ロープウェイ”は、四季を通し人気ナンバーワンの観光スポットです。 ホテル外観、全景、画像奥に見え…

続きを読む

現存12天守 愛媛県 「伊予 松山城」と3000年もの歴史の道後温泉

松山城は、愛媛県松山市にあった日本の城。別名金亀城、勝山城。各地の松山城と区別するため、伊予松山城とも呼ばれる。現在は、城跡の主要部分が公園として整備され、大天守(現存12天守の1つ)を含む21棟の現存建造物が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。そのほか、昭和初期の1933年に大天守を残して焼失した、連立式天守群の小天守以下5棟をはじめとする22棟(塀を含む)が木造で復元されている。2009年のミシュラン観光版(ギード・ベール)日本編では二つ星に選定された。 創建当時には、現在、三重天守の建つ天守台に五重天守が建てられていたとされており、1642年に3重に改修している。 それは、本壇がある標高132メートルの本丸広場の一部は谷を埋め立てているため地盤が弱かったからとも、武家諸法度の意を受けて、江戸幕府に配慮したためともいわれているが理由は不明である。 その三重天守も1784年に落雷で本壇の主要建物とともに焼失し、現存する大天守は、黒船来航の前年である1852年に、石垣普請とともに再建工事が完了し、1854年落成した3代目の天守で、連立式3重3階地下1階構造の層塔型天守である。 大天守は高さ20メートル本壇は8.3メートルの高さがある。幕末に親藩大名松平(久松)家により復興されたものであるためか普請の精度は高く、建築材料には樟や欅また栂など一級と呼ばれる木材が使用されている。 五重天守である福山城天守をしのぐ規模の切込みハギの石積み天守台(8間…

続きを読む

神話と伝説の神社 宮崎県 高千穂町「天岩戸神社」

高千穂神社にお参りし、その足でこの天岩戸神社に向いお参りしました。車で約15分位だったと思います この神社にお参りしたとき、お玉串料をお供えすると、神主さんが神社内をご案内してくれます。 色々聞くことが出来ないお話してくれました。天照大神宮がおかくれになって暗闇の世界に成った説は、皆既日食によって暗闇に成ったという説と、阿蘇が大噴火を起して噴煙が空を埋め尽くして太陽が見えなくなったという説など色々と有ると説明を聞きました。 でもやはり神話や伝説としては、おかくれに成ったという方がロマンが有りますよね?ここからすぐ近くに八百万の神が集まり集うたと言う天の安河原も有ります。神話と伝説の神社おススメです。 西本宮が拝する天岩戸に由来する。昭和45年に合併し、現在のごとく天岩戸神社東西両本宮を称すようになったが、それ以前の旧称は西本宮が「天磐戸神社」、東本宮は「氏神社」であった。 東本宮はかつて「天磐戸大神宮」とも呼ばれ、この名は今でも西本宮社務所で授与される神札の銘「天岩戸大神宮」に残り、また地元年配者を中心に通称として用いられている。 西本宮 大日孁尊(おおひるめのみこと)=天照大神の別名。岩戸川対岸の断崖中腹にある「天岩戸」と呼ばれる岩窟(跡)を神体とし、この岩窟は日本神話に登場する天岩屋であると伝える。また、同じく西本宮の御旅所には配祀神である天鈿女命・手力男命・大年神・素盞嗚尊・日子穗穗手見命・豊玉毘売命、菅原道真公の7柱を祀っている。東本宮 天照皇大神(あまてらす…

続きを読む